セールスパーソン

にしなきみこ

お客さまと一緒に保険を創り上げる

株式会社 かいひん
代表取締役 仁科君子氏

 

顧客の夢の実現へ導く「君こそFP」が自信に


アパレルメーカーでデザイナーの卵として活躍し、その後技術家庭科教諭を経て、1981年に大東京火災保険の研修生となった仁科さん。1981年に稲毛営業所に所属し、「積立ファミリー交通傷害保険」を販売する女性だけの販売特化部隊に加わる。その後、船橋支店に統合された。
当時、200軒の顧客リストを渡され、近くの団地に一軒一軒飛び込む活動を毎日行ったという。


「アンケートに答えてもらう活動を続けながらそれぞれのお客さまの話をじっくり聞いているうちに、家政科の教師だった経験を活かして家計の見直しから貯金や保険料の捻出ができるよう節約のアドバイスもしました」


こうして3年間、飛び込み活動中心の営業活動を続けて行くうちに紹介も続出。月に20件もの契約を挙げるセールスレディに成長した。その躍進の要因は、仁科さんの営業スタイルにある。夫婦揃った場でじっくり話を聞き、顧客の胸の奥に潜んでいる夢を引き出し、その実現のためのアドバイスや解決策を提案して幸福へと導く。そのスタンスを維持してきたことが、信頼の構築に繋がり、また紹介の連鎖が成功してきたのだ。


そして84年、損保代理店として独立し「仁科エージェンシー」を立ち上げる。その3年後には「株式会社海浜エージェンシー」、92年には「株式会社かいひん」と社名変更する。


「エージェンシーの言葉を省いたのは、エージェントは代理人という意味で、私は保険会社の代理人として保険を売るのではなく、お客さまと一緒に保険を創り上げるものだと考えていたからです」


損保代理店になって1年後、生保も手掛けるためにアリコジャパンを登録する。というのも、多くの顧客と接しているうちに、必然的に生保の証券を見せてもらう機会が増えてきたからだ。証券を見ているうちに、個々の家庭事情が異なるのに一律、同じような内容の生命保険に加入していることに気付いた。


「これはおかしいと思い、お客さまの一人が医療保険に加入したいと言ったことを機に、生保も扱うことにしました」


損保の既契約者に、保険の考え方、仕組み、活用法を話すと大体生保の見直しに繋がり、生損保全ての保険を仁科さんに任せたいという顧客が増えた。結果的に、生保を扱うようになってから手数料が3倍以上にも増えたという。その1年後、アリコジャパンの上司から研修に誘われ、FPを知る。


「研修を受けたことで、私がこれまでやってきたことはFPの仕事だったんだ──と驚いてFPの資格を取得しました」

 

その上司から「君こそFPだ」と言われた言葉も仁科さんを勇気づけ、これまでの営業スタイルに自信を与えてくれた。


一方、リスクマネジメントを学んだことも、その後の提案スタイルに大きな影響を与えた。


「リスクマネジメントというOSの上に、FPや保険というソフトがあることを学びました。リスクマネジメントをベースに、お客さまの要望を聞きながら納得できる商品選びが可能となります」


こうして同社は、現在生損保合わせて13社の商品を扱い、それぞれの顧客にマッチした商品の提案ができるようになった。

 

RMベースに納得できる商品選び

 

FPとしての営業スタイルを維持し続けるために、仁科さんは保険設計プログラムの開発に着手する。


「お客さまを守るためには、一生涯安心して継続加入できる健全経営の保険会社の商品をお勧めしたい。その実現のために『ラビドール』と名付けた保険設計プログラムの開発を思い立ち、仲間たちと会社を立ち上げました」


この「ラビドール」のコンセプトは、これまで仁科さんが行ってきた顧客の真の幸福を実現を目指すプロセスをシステム化しソフト化することで、顧客が実際にプリントされたライフプランニングを目にし実感できる──というもの。


つまり、必要保障額を算出すること以上に、顧客の真の幸福の実現を重視するものであり、そのためには顧客の心の中に秘めた夢を引き出し、勇気付け、生きる意味を知ってもらうことを目的としている。


しかし、その中心人物が病気になり、開発は頓挫してしまった。


「こんな失敗はたくさんしてきましたが、結果的に『ラビドール』のコンテンツが私の心の中にあればいいんだ、形にする必要はないと思い直しました。それでも私が健康で仕事を続けている間は大丈夫でも後継者には残したいと、現在当社のスタッフが開発に取り組んでいます」


運用セミナー柱に公的年金の補完を伝える

 

現在、同社の顧客数は、生保約1500名、損保のみは約500名という。では、仁科さんの顧客拡大法はどんなものだろうか──。


1)紹介の連鎖
個人顧客をメーンにしてきた仁科さんには、顧客を紹介してくれるキーマンが沢山いるという。実際、仁科さんは直接紹介依頼したことも、アポ取りもしない。適切な保険に加入している顧客には保険を勧めないことも信頼に繋がっているからだろう。安心して大切な知人を紹介できると思ってもらえるようだ。


「今は、退職金プランの相談をしたいというお客さまの紹介が多いです。紹介元のお客さまは千葉市の人でも紹介頂いた先は他県が多く、そのお客さまがまた、遠方の人を紹介してくれるので飛び回っています」


2)運用セミナーの開催
その後、現在の営業スタイルを生み出す出会いがあった。それは、以前一緒に損保の勉強をしていた「ウイム」の松井さんとの再会だ。その時、松井さんは運用のセミナーを開催しており、それを聞いた仁科さんは心を動かされたのだ。


「一人でも多くのお客さまに運用の話を聞いてもらいたいと、従業員向けに退職金セミナーを開催してくれるよう企業にセミナーを提案して回りました。実際、定年退職直後の人たちの集まりにセミナーを開催できました」


元々、仁科さんは介護や健康や料理等をテーマにした「暮らしの相談室」というセミナーを開催していた。それが松井さんとの出会いによって、運用をテーマとしたセミナーが中心となっていったのだ。


このセミナーを実施してから、仁科さんの変額年金保険の販売件数は急上昇。件数ではアリコジャパンでトップクラスに入ったそうだ。


「私は、個人のお客さまに対して少額の変額年金保険を積み上げて長期運用することで、公的年金の補完にしてもらいたいと提案しました。お客さまが退職金を自分で運用して効果的に増やしていくという意識を持ってもらいたかったのです」


最近の提案スタイルは、先ず短期のドル建てを買ってもらい、余裕のある人は変額個人年金という2階建ての売り方に変わってきた。短期なら為替リスクを被らないため、よりメリットを享受できると考えたからだ。


仁科さんの将来の夢は、以前立ち上げた、心のトレーニングセミナーを開催する「ライフインバランス」を復活させること。


「そこで、癒しのカウンセリングを受けられるようにしたい。介護されない身体作りと、食文化の中で健康になるセミナーも行いたい」


もっとも、今でも年1回「心の学校」を開催し、身体とお金と健康をケアするセミナーを開催してきた。


ちなみに、今年1月27日には、仁科さんの20年のキャリアの集大成としての記念セミナーを開催する。約1,500名の顧客に招待状を送付したそうだ。


「当初よりずっと、唱え続けて来た幸せの3要素『身体とお金と健康のセミナー』も行います」と結んだ。

(本紙 樋口利子)

 

にしな・きみこ1981年より大東京火災保険の研修生になり、84年独立して、損保代理店「仁科エージェンシー」を設立。85年より生損保代理店に。88年「㈱海浜エージェンシー」設立、92年「株式会社かいひん」と社名変更。99年よりMDRT連続会員(COT2回)49年群馬県生まれ。趣味はダイビングと朗読。
http://www.kaihin.co.jp/
拠点長読本
売れない時代のマネジメント術
少額短期保険情報
少額短期保険の動向・商品紹介
動画コメント
活動のヒントや最新事情を取材
連載
朝礼や訪問先での話題の引出し

ホーム本紙お申し込みサイトマップお知らせ販売ノウハウセールスパーソンアーカイブスショップ